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「明日の広場」論点の整理

■市民シンポジウム「明日の広場」090906論点の整理

長時間にわたった今回のシンポジウムで、パネリスト、コメンテーター、また会場よりさまざまな意見、提案が提起された。多岐にわたる視点や論点が噴出し、会場は熱気に包まれた。
各意見については、それぞれ評価される価値があると思われるが、広島の今後の文化をめぐる議論と、旧球場跡地に想定される市民広場をめぐる議論とが行き交い、多少混乱をきたしたことも否めない。それらが、混在した状況にあった。
そこで、今後の議論の深化、発展のためにも、提起されたさまざま論点・視点について、整理が必要と思われる。

まずそもそも今回のタイトルともなっている「明日の広場」の理念をここで再び確認しよう。

●「明日の広場」の理念

広島の地で、人々が感じ、理解しあって、今の営みをよりよいものに、そして希望ある創造をめざし、世界への発信を行う。
 ―広島での新たな市民文化創造の場として―

上記の理念に加えて、特にトピックな問題として、現在旧市民球場跡地に構想されている「市民広場」活用の問題を、今後の広島の文化を考えるための重要なきっかけ・動機、あるいは絶好の機会と捉え、今を逃しては成され得ない議論を市民レベルで形成していこうとする「場」であると位置づける。

この理念を踏まえ、今回のシンポジウムでの大きく二つの論点あるいは主題があった。

●「明日の広場」の論点・主題~二つの問いかけ
【第一の問い】~「明日の文化」をめぐる議論
これからの広島の文化発信=「明日の文化」をどう捉えるのか、どのような方向性や可能性、またどのような企図がありうるのか。

【第二の問い】~「明日の広場=市民広場」をめぐる議論
上記の視点に立つとき、旧市民球場跡地に構想されている「市民広場」は、現実の空間として「明日の文化」を担い実現していく重要な拠点=「明日の広場」となりうるのか。
また「市民広場」の活用や運用について、具体的にどのような方向性や可能性、またどのような企図がありうるのか。

今回提起されたさまざまの論点・視点についてみると、各論点・視点それぞれ、他のそれと深く関連し、相互に浸透し合う性質のものであり、単純に分割・図式化することはできないが、あえて上記二つの議論のフレームのなかに、これらを配置すると、下図(論点・視点の配置図)のように捉えられる。

9.6シンポ論点図式3


では、上の図に従って、各論点・視点また提案について概観してみよう。

●《第一の問い~「明日の文化」》の論点・視点         

【よって立つ文化の方向性とは?】
・「明日の広場」について、私たちは理念的に「新しい市民文化を創造し発信していく場」として捉えている。ではこれからの「新しい市民文化」とは何か、つまり私たちが呼ぶところの「明日の文化」についてどのように考えるのか。
▽「明日の文化」おいて:
・世界的あるいはグローバルな視点で、現在の文化の現実を問うとき、支配的な市場主義的な文化構造とどう向かい合うのか、あるいはそのオルタナティブ(代替するもの)があるのか、あるとすればそれをどう提示していくのか。
・上の考察などを通し、マクロ的な視点で、今後向かうべき文化の姿や文化のスタイルはあるいは文化理念をどう描くのか?「明日の文化」がよって立つ文化の方向性とは、その形成をどう目指すのか。
・これらの議論を、ローカルな広島の議論にどう落とし込んでいくのか。

【主体・アイデンティティー】
「新しい市民文化」=「明日の文化」を支える主体についてどのように考えるか。
▽「明日の文化」おいて:
・世界的あるいはグローバルな視点での議論で、文化の担い手としての想定される「市民」とはだれを指すのか。一なる世界市民なのか。それとも主体性をもった多数で多様な「人びと」なのか。また自立的にふるまうローカル=地域としての主体が確立されるのか。
・多様な主体を想定した場合、主体個々の、またローカル=地域としてのアイデンティティーはどのように形成されるのか。
・上の議論を、広島というローカルな視点に移すと、広島のアイデンティティーについて今どう認識し、今後どう捉えるのか。

【獲得すべき空間・場】
市民が主体的にふるまえる場所や・空間をどのように考えるか。
▽「明日の文化」おいて:
・「明日の文化」の主体~「市民」が主体的に意識を盛り込んでいくことができる空間・場の獲得はどのように可能なのか。
*マルチ・セントラルな場とそのネットワーク的展開という議論も含めて

【「ヒロシマ」をどう捉えるか】
広島で文化を語る場合、圧倒的な影響を与え続け、避けて通れない問題が、カタカナ「ヒロシマ」をめぐる問いかけである。「ヒロシマ」をどう捉えるのか。
▽「明日の文化」おいて:
・「ヒロシマ」をめぐる言説はどう位置づけられるのか。またそのとき「ヒロシマ」の意味や役割はどう捉えられるのか。
・ともすればローカルな事象が、グローバルで普遍的な事象に反映するという、ローカルな視点だけではすまされないHIROSHIMAというローカルな特異性を、どう内面に捉えていくのか。またそのとき、ローカルな視座とグローバルあるいは普遍的な視座、双方をどのように両立させていくのか。

【ヒロシマの記憶】
前項に関連し、「明日の文化」おいて「ヒロシマ」の記憶の問題をどう捉えるのか。
▽「明日の文化」おいて:
・「ヒロシマ」の記憶の継承という問題はどう位置づけられるのか。
・戦後復興期の記憶をどう現在及び未来に活かすのか。
*当時広島が世界から受けた物心にわたるさまざまな援助に対する「恩返し」の議論など

【国際平和文化都市~都市理念の再考】
「明日の文化」おいて広島の都市理念をどのように考えるか。
▽「明日の文化」おいて:
・戦後都市復興の起点となった「広島平和都市記念建設法」をどう捉えるのか。
・同法を起点として出発したその後の都市計画、また文化施策をどう捉えるのか。
・これら「国際平和文化都市」という都市理念は、今後の「明日の文化」形成にとって、どう位置づけられるのか。

【資源】
広島の「明日の文化」おいて、活用されるべき資源とは何なのか。
▽「明日の文化」おいて:
・「ヒロシマ」の力、「ヒロシマ」に関連する歴史・文化的資源、あるいは全世界的な知名度という強みをどのように活用するのか?
・「ヒロシマ」にとらわれない、広島の歴史・伝統・文化資源や自然資源の再認識・再発見及びその活用はどうのように成されるのか?

【仕掛け】
「明日の文化」を推進にあたり、広島の文化活性化のための仕掛けとして何が必要か。
▽「明日の文化」おいて:
〈活動・プロジェクト〉
・「明日の文化」を誘引するためには、どのような活動やプロジェクトが構想されなければならないのか。
・市民によって生まれる多様な活動やプロジェクト、それら個々の活動をどうネットワークとしてつなげていけるのか。
〈教育・文化施策〉
・「明日の文化」の持続的な形成を支える教育や文化施策をどのように考えるのか。
〈文化交流〉
・「明日の文化」を支え、発展させるためには、どのような国内外文化交流の姿が描けるのか。
*文化活動体の国内外ネットワークづくり、世界文化会議の開催等
〈インフラ〉
・「明日の文化」を支えるインフラ整備として何が必要か。
*情報発信、翻訳・通訳サービス、アーティスト・イン・レジデンスの整備、オープンスタジオ等の拠点整備等
〈ホスピタリティー〉
・広島に訪れる観光客やビジター、またアーティスト、文化活動家等に対して何ができるのか。街としてのホスピタリティーをどのように形成できるのか。
・広島人の「もてなす心」の醸成をいかに図るか。
*新たなるアイデンティティー形成を通した新たな自信の獲得によって生まれる「もてなす心」等の議論等

●《第二の問い=「明日の広場」(市民広場)》の論点・視点

【性格と位置づけ】
・平和記念公園と違うのか、違わないのか。違うとしたらどこが違うのか等の議論。
[トポス(土地がもつ力)]   
・市民の自由な創造空間となるようなトポス空間に関する議論。
*押しつけられたシンボル性の付与によって空間の自由度は喪失する懸念が今回の議論でも指摘された。(例えば「折り鶴」設置による影響)

【規制の撤廃】
・都市公園法による規制緩和あるいは撤廃あるいは条例の撤廃に関する問題提起。 
・公園から公共広場へという考え方に関する問題提起。
・特区という考え方(*「広島平和都市記念建設法」を盾にとることも含めて)の提案。

【ソフト】について
[コンテンツ]
・賑わいの創出につながるコンテンツか、芸術・文化発信性を重視するコンテンツか。
*当日実施のアンケートによれば、第一に芸術・文化発信性重視であり、第二に集客性重視であった。
・内に向かった市民生活密着型のイベント等コンテンツ発信か、あるいは外に向かった文化発信重視型か。世界に向かうか、広島の市民に向かうか。「ヒロシマ」を重視するのか、「ひろしま」を重視するのか。
*当日実施のアンケートによれば、世界的な文化イベントを約9割が望んでいるが、定例的な市民イベント開催に対しても約8割が「必要」と答えている。
・他所から招致したコンテンツか、広島発・地元プロデュースのコンテンツか。
*当日実施のアンケートによれば、約9割が広島発・地元プロデュースを望んでいる。
・その他、屋台文化、夜の賑わいの仕掛けづくり等の議論。

[コンテンツの力] ~ 〈集客力〉 〈ツーリズム効果〉
〈誘客力=集客の起点〉
・イベントの継続的に開催にすることで醸成される誘引力を期待するのか。
・イベントにたよらない誘引力の形成は可能か。誘引の起点をアート表現で形成できるのか。
*広島現代美術館からアート・コンテンツを跡地広場にもってくる等(広島現代美術館解体論)
〈集客力〉
・集客性のあるイベントはテンポラリーにしか開催できない。イベントで本当に集客は可能か。
・旧市民球場はそのまま強力なコンテンツ~高校野球やサッカー等、確実な集客力が見込まれる。(旧市民球場保存活用論)。
・人が来ればそれで良いのか。文化発信によるイメージアップあるいは集客は限定的だが質の高いイベントの継続的な開催による誘引力の形成が重要である等の議論。
・集客性のあるものと集客性のないもの-そのバランスのとれた仕組みづくりを考えていく必要がある。

〈ツーリズム効果〉
・周到にプロデュースされたツーリズムに結びつくコンテンツづくりが必要である。
・市民表現型あるいは公民館型のコンテンツは、力が弱すぎてツーリズムに結びつかない。
〈ネットワーク効果〉
・他の文化資源や催しと連動したネットワークで、コンテンツの発信効果を上げるべきではないのか。

【空間・ハード】
・ヨーロッパ型の広場を目指すべきなのか。日本型・広島型の公園型広場空間を目指すべきではないのか。
・空間の自由度を保証すること。また時間をかけてゆっくりと形づくられる自己形成型の空間を目指すべきではないのか。

[デザイン・ポリシー]
・ユニバーサル・デザインの観点の導入。
・サステーナブル・デザインの観点の導入。*「汚く使えること」等の議論。

【運営】
[組織]
・「広場」の統括的な運営組織をどのように捉えるのか。
・「広場」で行われるイベントコンテンツ等、企画やプロモーションを行う組織をどのように捉えるのか。
・運営において市民の参加は可能なのか。そのための仕掛けはそのようなものなのか。
*ネットワーク型のコミュニティー組織の形成、また文化活性化のためのプラットホーム等の形成の必要性の議論等。
[プロジェクト]
・求心力のあるコアとなるべきプロジェクトとは。*世界的な文化芸術祭開催の提案等
・プロジェクトにおける権威づけ、著名人のお墨付きによる効果は必要である等の議論。
[プロモーション] ~〈情報発信〉
・内へ向かう視点:市民による意識の共有をどのように図るのか、そのための情報発信をどのように捉えるのか。
・外へ向かう視点:世界へ向けてどう発信するか。

[運営を支える仕掛け]
*当日実施のアンケートによれば、第一に「情報発信の強化」を約7割が望んでいる。次ぎに、他所からアーティストが参加しやすい環境づくり、文化活動団体との交流やネットワークづくりなど、イベントの企画プロデュースや運営に関連した仕掛けづくりに関心が高い。また日常のイベント展開に密着した仕掛けやサービスへの要望も強い。


●終わりに

前項において、私たちは今回のシンポジウムで提起された各論点・視点そして提案を概観した。言うまでもなく、今回のシンポジウムの目的は、ある統一的な意見を形成し、一つの見解を示すというものではなかった。実際、これらの議論や言説は多様であり、ある場合相反し対立を示している。しかしながらそれらは相互に関連し合い、分割できない一つの複層体を形成しはじめている。私たちはそこに言わば生命体の誕生を見るのである。それはあたかも龍のように、天空に向かって飛び立とうとしているように見える。
今回のシンポジウムを起点とし、さらに広範な市民的な議論の形成へ向かって私たちは進もうと思う。
事実、シンポジウムの終わりにあたり、「テストイベント」の実行提案もなされ、さらなる議論の深化とともに、具体的な行動をもって構想を実証し、パッションの共有を志そうということが提起された…「明日の広場」という場は続く。
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| コラム | 10時29分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「明日の広場」雑感・コラム

□「明日の広場」雑感

「ヒロシマ」という言葉をめぐって、様々な思念が繰り返されるなか、人びとは、「ヒロシマの虚無」というべき、あきらめに似た諦念に侵食されているように見える。人類社会は、「核」という絶大な力、その脅迫的で黙示的なビジョンに宙吊りにされ、行く手に「終着の時」という凍った時の地平を幻視し、地球レベルでの生命の退化と退潮が進行しているように見える。
「ヒロシマ」は、現代の地球化された環境における「生--死」、その振り子を振らしつづける「果てしなき物語」の作者であり、物語の核心をなすものと考える。
不幸の顔はみな同じだが、幸福の顔は様々であろう。
明日は、決して運命づけられた一つの終点に集約されるものでなく、あらゆる「生」の意思と希望によって、無限に再生していくものと信じる。
そして「明日の広場」…場の創出によって、私はヒロシマにある架空の浜辺を夢見る。
その浜辺では、人びとの、様々な、均一に閉じようとする世界から抜け出した意思や表現が漂着し、遭遇し、衝突するだろう。その過程の中で、それら一つひとつが、個体としての真の姿を取り戻し、そして他と交配することによって数々の新生と、かけがえのなくも多様に変化する、新たな時たちが紡がれるだろう。(続く)(石丸良道)


■物語は続く ~「ヒロシマ」の物語り、あるいは「常に在る・不在」

この街に暮らす者は、「広島」「廣島」「ひろしま」「ヒロシマ」という4つの言葉を使い分けている。簡単に言えば、「廣島」は戦前の街、「広島」は戦後の街、「ひろしま」は市民の日常生活により親しいとされる表現で、「ひろしまフラワーフェスティバル」とかという形で使用される。そして問題は、「ヒロシマ」である。このカタカナ表記が、いつごろから使われ始め、何を示しているのであろうか。この表記は、1954年3月1日、南太平洋ビキニ環礁で行なわれたアメリカの水爆実験による、静岡県・焼津の漁船「第五福竜丸」の放射能被曝を直接の契機としてまきおこった日本の原水爆禁止運動から生まれたスローガン、「ノーモアヒロシマズ」から一般的に使用され始めたという。20メガトンの水爆実験による「死の灰」が、人々に広島、長崎の原爆被爆の惨禍を想起させる契機となったのである。それ以降、それまでともすればいちローカルな事象とされた出来事が、「ヒロシマ」という表記で、人類の普遍的な記憶として、人類史の中に決定的な位置を占めたのである。そしてこの表記をめぐって様々なイメージや言葉が紡がれていく。
私たち広島に暮らす者たちにとって、このことが、やっかいな問題を引き起こす。
私たちが暮らす街が、「広島」や「ひろしま」でなく、「ヒロシマ」ということになれば、私たちはどこに帰属するのであろうか?
ここで「帰属」という問題は、常に外部との関係性において、つまり「他者」に触れる現場において生じるということを想起しておくべきだが、この8.6以降、私たちが常に回帰する、あるいは外部との関係性において回帰させられる「過去」とは、「あの瞬間」なのである。この「過去」は余りにも強大で広島の他の過去を消し去るかのごとくだ。「ヒロシマ以降」と表現されるように、この過去は、歴史の「起源」であり「0」点とされる。したがって何もない…「グラウンド・ゼロ」いわば「虚空」だ。そこで私たちが常に回帰する過去は実は「ゼロ」、つまり「無い」という存在だから、広島には「無いという過去」があるとされる…「常に在る・不在」。
私たちは原爆の閃光で石に焼き付けられた人影のように、「常に在る・不在」の朝を永遠に生きなければならないのだろうか。

この「常に在る・不在」というデスパレート(desperate)な言い回しは、多分に情緒的なものだろう。たとえばここに古ぼけた写真がある、すでに亡くなったある子どもの写真だ。その子ども、眼差しを受ける時に感じるもどかしさ、違和感…子供は、写真というモノの中に、永遠に(もっとも写真だから劣化するが)固定されているように見える。しかしその子どもは、「もういない」、「もうしゃべらない」…子どもは他者として、凍った夢のような時を生きている。
そしてその感情は、被爆者(生存者)がいだく感情であろう。あの時、突然、家族や友人、風景や歴史、それまでの関係性を失ったとき、心に生まれる「虚空」、その解決できないもの総体に対する苛立ちの心情であろう。上に述べたような人類の「歴史」とか「起源」という言葉を介した「ヒロシマ」をめぐるメタフィジックな語りの前に、まずもってこのことを忘れてはならない。

この夏、私はもうひとつの「ヒロシマ」を知った。
広島が「ヒロシマ」として普遍化される前、カタカナの「ヒロシマ」を使った人物がいた…原民喜。

原民喜の「原爆小景」、1950年、「近代文学」8月号に初出のこの詩集を開いてみよう。
この詩編は、


コレガ人間ナノデス 人間ノ顔ナノデス…

で始まり、


水ヲ下サイ アア 水ヲ下サイ ノマシテ下サイ
死ンダハウガ マシデ 死ンダハウガ アア…
天ガ裂ケ 街ガ無クナリ
川ガ ナガレテヰル オーオーオーオー…


とカタカナ表記が続き、
最後に、

ヒロシマのデルタに  若葉うづまけ
死と焔の記憶に  よき祈よ こもれ
とはのみどりを とはのみどりを
ヒロシマのデルタに  青葉したたれ

と終わる。

「永遠のみどり」と題されたこの最後の詩のみ、反転されたネガのように意図されてひらがな表記である。そしてさらにこの詩の中、ことさらカタカナの「ヒロシマ」が、精巧に配置され象眼されている。
何が彼をしてこのような表現をさせたのか?
そして彼以前に、カタカナの「ヒロシマ」を語った人間がいただろうか?

この「ヒロシマ」は先にふれた「ヒロシマ」とは、決定的に違う何かを示している。
語り得ぬモノを語ること…ある強烈な光、突然の他者によって、日常の連続性が引き裂かれ異化される風景、レイプされた「時」。
その皮膚の内にまとわりついた記憶をえぐる痛みこそ、彼の「ヒロシマ」なのだ。
物語(交響楽)は鳴り止み、強烈な光にさらされ全ての表象が影を失っていく風景としての「ヒロシマ」、絶対的他者としての「ヒロシマ」、それはカタカナでしか書けない。
とかく普遍的言説としての「ヒロシマ」は、このもうひとつの「ヒロシマ」を曖昧とさせる。
被爆者にとってのヒロシマ、普遍化される前のヒロシマを想起すること‥その想起とは、畢竟「死者たちの語り」を聞くことだろう‥(死者だけが語る権利をもっている?)‥声なき声を聞くこと…その不可能性。それこそ真のドキュメントとしての「ヒロシマ」である。
もうひとつの「ヒロシマ」…その不可能性としてのドキュメント、その「不在」の喚起こそ、日々創造される人々の記憶と、数々の物語(普遍的な語り)に生気を与え続ける。
「ヒロシマからヒロシマへ」…その不断なる往還、それは時間の風化を超え、無限なる「明日」の条件であろう。

(続く)(石丸良道)

■「第二の太陽」
「1945年8月6日、8時15分、ヒロシマの惨禍…あの“突然の朝”、人類は、“第二の光”を経験した。ヒロシマは、人類が、この惑星で、“太陽”と“核”…その二つの“光”に引き裂かれ、それまでとは違った歴史的条件、新しい『人間の条件』のもとで生きなければならないという時代をもたらした。その意味で、ヒロシマは、人類史・後史のまさに起源であり『グラウンド・ゼロ』といえる。」

■“BLIND BEACH” 『盲目の浜辺にて』
「終了キー」をクリックし、ブーンという音とともにPCが切れる。最後の光が吸い込まれるようにディスプレーに消えていく。PCとボクとの相愛関係は…愛とも言えるのだろうか…非情にカットされる。また入力キーを押して呪文を唱えれば、あの愛は、そうあの夢は再び取り戻すことができるだろうか?たぶんそうであろう、いやそうでないかも知れない。だからボクは、クリックが怖い。夢なら夢を見続けていたい。

シャカは、『夢幻よ消え去れ』と言った~アラジンの魔法のビンは壊される必要があるのだ。

幽霊が消え、すべての偶像が崩れ去った後、世界に何が残るのか?
ニルバーナ、覚醒の園。光にあまねく照らし出され、いや光そのもので、影のない永遠の相の内に、ボクたちは初めてモノが視えるのか。ボクたちの盲目は暴かれるのであろうか?

エディプスは両眼を焼かれた…

生命は、太陽という「光の帝王」に囚われている。光は、「生」…その喜びと苦痛の根源である。そして現世とは、「太陽の帝国」のもとで、無数の生命の紡ぐ果てしないシステムであろうか?

シャカは言う、「解脱せよ!」と。新しい光と、眼が…。
しかしボクたちは、この夢幻の輪廻の鎖を離れてどこへ行くのだろうか?

(続く)(石丸良道)


■「浜辺と龍の話」
かって光が到達し、境が生まれた…境はある身体を産んだ…それは“浜辺”である。そして浜辺は、“海”と“島”の話を語り出した…浜辺は、海と島を同時に内包していたのだ。アウラの光暈が昇る産霊(むすび)の場所…人びとは、浜辺で、“龍”の誕生を眼にするだろう。
そして光が打ち寄せる…浜辺は、自らが結ぶ身体の内に、無数の“眼差し”を、無限に連なる“鱗”のように重ねていった…無数の物語の交差を。“龍”は、自身に無数の鱗を、うちよせる波が煌めくように“光”を…無限に反射し合う無数の眼差しを宿しているのだ。
 生は“光”に囚われている…。生は“光の帝国”の内に囚われながら、自身の生成を見据えようとする眼差しそのものであるかも知れない。

生は、まさに永劫への追及であり、停止への拒絶であろう。この欲望を“組み込まれた負荷”として、生は無限の夢を紡ぐ、光の領土に誕生と死とを果てしなくめぐらせる物語を…夢は漂流し始める。夢に酔いしれ夢に醒め、いつしか生は加速し、“第二の光”に遭遇したことを覚る。
人びとは見た、“新しい光”の伝播を…空に、新しい光が止まるのを、浜辺が肥大し、海と島を覆い尽くすのを。そして海の立ち去った後、果てしなく広がる砂漠の前方に、モノが、消滅を忘れた蜃気楼のように投げ出された…眼差しを失った物たち、“常に在る・不在”の浜辺…「終着の浜辺」(J・G・バラード)を。龍は秘めていた、触れられたくない一片の鱗…逆鱗を。

(続く)(石丸良道)

■「ローカルということ#1-先ずはあまりにも抽象的な話し」

時代の転換期をむかえ(本当にそう?)、これからは「ソフトパワー」の時代だと言われています。危機を乗り越えるためには「ソフト」が必要で、また乗り越えた後、残るのは「ソフト」であると。「ソフト」を構築できたものが、次代に花咲くと。
いま必要とされることは、次代の文化をイメージすることです。それは何か?

次代の文化について、その「地球化社会」に対応した文化は何か、私は「Trans-world Culture」というイメージをもっています。まだ漠然としていてその言葉が良いのかどうか分かりませんが、音楽で言うと、一昔前の「World Music」が示すものでは何か言い足らない、そこで便宜上その「World」の前に移動とか越境という意味を指す「Trans」を加えています。
どうして「World」だけでは物足りないのかという話しはこの際やめておきますが、「Trans-world Culture」という言葉で、次代の地球化社会におけるポリ・カルチャー的な展開のあり様と、現状のオルタナティブとして世界各地域における「ローカル文化」の復権と、その相互交流の姿をイメージしています。

ただし「オルタナティブ」という言葉については、この言葉を嫌う方も含め、さまざまなとらえ方があり、それこそ立場によって異なります。いずれにせよ昔風のカウンター・カルチャーと違い、白黒対抗して決着をつけるという平板なとらえ方ではすまされない気がしています。

話しをもとに戻しましょう。「Trans-world Culture」は、ローカル文化の復権という課題を前提にしています。その意味で、「Trans-local Culture」と言えます。

この課題は目の前の広島にも当てはまります。「世界」や「地球」を言う前に、先ず広島のローカル文化をどうつくるかという話しです。もっとも広島の特異性は、「ローカル」としての「広島」と同時に、「普遍性」としての「ヒロシマ」、その両者の課題を同時に引き受けていることであり、広島のローカル文化の確立のためには、その一部に、「ヒロシマ」の考察から導きだされる「地球化社会」における広島の立ち位置を意識した活動や振舞いが含まれていることになります。
広島のこの特異性は、強力な強みになるかも知れないし、結局、強力な匂いを放つローカル文化をつくることに失敗する元凶となるかも知れません。

それに世界各地域に「Trans」する無数の情報に影響される現在の文化状況において、ローカル文化の確立は、昔風のそれとは決定的に違ったものとなるでしょう。情報が世界のすみずみまでに浸透する環境に合った「ローカル文化」が構想されなければなりません。
もともと「ローカル」という言葉は矛盾を含んでいます。まず暗黙の前提として「中央」との関係や対立を含んでいること。もっと進んで、この言葉は常に他者との接触において現れるものであり、「アイデンティティー」という言葉と同じく、他者の存在なしではありえないこと、いや他者の存在そのものがローカルをつくるということです。そしてローカルの復権が、ともすれば偏狭な国家主義、民族主義、地域主義という幻想に煽られる傾向を含んでいることです。
他方、「*ローカル」を捨てて、人びとの日常の生すべてが同質な世界市民的一極普遍システムに吸収されれば良いという議論も極端で、それこそ危険なワナの匂いがします。

確かに「地球化社会」では、ある普遍的世界システムの構築や共有なしにはありえないでしょう。ここではそれを漠然と「*生文化的世界身体」とでも言っておきましょう。この身体は、世界の各地域に、自生的に振る舞うが矛盾を抱えるローカルを常に産み出します。そして産み出されたローカルはそれぞれ、自ら生きるために矛盾を越えて共存の条件を探り、自らを越え(Trans)て変身(Transform)します。そのことによってまたあらたに生文化的世界身体がつくりかえられるというイメージを描くことができます。
このように「ローカル」は、この「曼荼羅」的な世界身体の中で、それ自体固定化するものでなく、動いていくもの、まさに「Trans」していくものだと思います。(続く)(石丸良道)


*ローカル:この言葉を、個々の「固有の生」という意味でも使っています。
*生文化的世界身体:この世界身体において「ヒロシマ」は決定的な意味を持っていると考えます。











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